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ログキョウ

日常で見つけた「面白い」って思った事を書いていくブログです。ジャンルは問わない。ゆるーく更新していきます^^

「怒られているってことは期待されているということ」が未だに理解出来ない

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「怒られるってことは期待されているってこと」が理解出来ないゆとりです。

 
「怒る=教育」ではありません。
 
期待されているってことは、例えば会社の部下に成長してほしいからあえて怒る。ということのはずです。どちらかと言えば「叱る」に近いと思います。
 
あくまでも成長してほしいがこのこの文言の根底にあるはずなんです。
 
人によりますが、怒っている人は自分のイライラに身を任せているだけで、相手の成長を願っていない人も多いと思います。どういう言い方なら相手は自分の過ちに気付いて、改善の努力をするのか。どういう言い方なら相手は頑張れるのか。それを考えていない人も中にはいるのです。イライラしているから余裕がないのかもしれませんね。
 
もちろん、相手の立場や力量を分かった上で叱ることができる素晴らしい上司もいるのですが。
 
 
イライラに身を任せた怒られ方をされると自分の何が悪かったのか分からないし、どう改善すればいいのか分からない。どうすればいいか分からないから、この仕事が嫌いになってしまうし、やりたくなる。またいくら感謝しようと思っても結局は怒ったその相手を嫌いになってしまうことすらあります。
 
 
以前とあるCMで、上司に怒られてため息をついていた若者に「どうして怒られているってことは期待されていることが理解出来ないの?」と子供が諭しているCMがありました。
 
いったい何を言っているのだろうかと思った。なんでこんな落ち込んでいて辛そうな状態が成長につながると思うのか?成長する状態とは自分の何を直せばいいのかが明確になっている時だと思います。「ミス」や「指摘」によって自分の改善点が分かった時です。「途方に暮れている状態」は成長に繋がるとは思えないですね。
 
 

成長に繋がる言い方はどんな言い方か

 
逆に成長に繋がるのは「諭す言い方や注意」だと思います。
 
例えば『○○くんのこういう所が良くない。なぜかというと△△という理由だからだ」というように冷静で論理的で納得出来る言い方が良いと思うのです。また、「○○くん、この前△△でミスあったよ。気をつけてね。」これくらい単純な言い方もいいですね。
 
もちろん状況によって変わってはきますが、こういう言い方であればどうすればいいのか分かるし嫌な思いもしないと思います。自己の改善に努めようとも思うから成長につながる。これが教育ってものではないでしょうか。
 
 
「教育してくれるってことは期待されているということ」ならわかりますが、「怒られているってことは期待されているってこと」違うと思う。
 
 
 
決してイライラせずに「冷静に論理的に注意が出来る人間」になりたいと思いました。